研究概要
高エネルギー天体の観測研究
宇宙の多くの天体はX線を放射しています。ブラックホールの降着円盤、銀河団、超新星残骸などはすべてX線で明るく輝いています。それらの正体は、それぞれ異なる機構によって数万度から数億度まで加熱された超高温プラズマです。1960年代に創始されたX線天文学は、こうした宇宙の極限環境でしか実現し得ない高エネルギー現象の物理を観測的に明らかにしてきました。X線で宇宙を見るということは、我々の宇宙の成り立ちをその激動の歴史から紐解くことに他なりません。
宇宙から到来するX線は大気を透過しないため、高エネルギー天体の観測を行うには、測定装置を人工衛星や気球に搭載して大気圏外に飛ばす必要があります。日本が近年打ち上げたX線天文衛星 すざく(2005-2015)、ひとみ(2016-)には、京大X線グループが開発したX線CCDカメラが搭載されています。我々はこうした自前の観測装置を用いてX線天文学の分野で数多くの成果を挙げてきました。例えば、私たちの住む銀河系の中心には太陽の400万倍もの質量を持つ巨大ブラックホール「射手座A*」が存在します。我々は、銀河系中心や銀河円盤に偏在する高温プラズマの広範囲にわたる観測から、射手座A*が最近50年前まで100万倍も活動的であったという驚くべき事実を突き止めました。また、星が一生を終える際に起こした超新星爆発の後に残った天体「超新星残骸」の観測を多数行い、星内部の重元素合成と爆発機構の詳細、X線を放射する高温プラズマの生成過程、衝撃波における宇宙線加速など多数の興味深い事実を明らかにしてきました。
超新星残骸3C397のX線イメージ
次世代衛星プロジェクト
1979年のはくちょう衛星以来、日本は独自のX線天文衛星をコンスタントに打ち上げてきました。2016年2月に打ち上げに成功した6番目のX線天文衛星ASTRO-Hは、日本が主導し国内外の多くの研究機関が開発に携わった一大プロジェクトです。京大X線グループはその主検出器のひとつ、X線CCD(Soft X-ray Imager; SXI)の開発をリードしてきました。このような検出器を衛星に搭載するためには、宇宙空間の過酷な環境で最高のパフォーマンスを発揮できるように、慎重な機能試験を繰り返し行う必要があります。写真は2014年に当研究室で行ったSXI衛星搭載品の地上較正試験の様子です。さらに衛星の全コンポーネントを噛み合わせてつくば宇宙センターで環境試験を行い、最終的に種子島宇宙センターにおける試験を経てASTRO-Hは無事打ち上げに成功しました。
SXI衛星搭載品(画面中央)の地上較正試験
新型X線検出器の開発
次世代の衛星計画を見据えて、京大X線グループは全く新しいタイプの撮像素子「X線SOIPIX」を開発中です。SOIPIXとはSilicon On Insulator PIXel detectorの略で、X線CCDと同じ精密撮像分光能力を備えた上で、各ピクセルに組み込んだトリガ回路によりイベント駆動読み出しを実現、マイクロ秒の高い時間分解能とイベントレートkHZ単位の高速読み出しを可能にしています。非同時計数と呼ばれるテクニックを使うことで、X線CCDより2桁低いバックグラウンド性能を実現可能です。
このX線SOIPIX素子を主検出器として用いる新たなX線衛星計画の検討が始まっています。この計画 FORCE = FOcusing Relativistic universe and Cosmic Evolution の科学目的は、宇宙のあらゆる階層において未だ見つかっていない「ミッシングブラックホール」を探査し、宇宙形成史を解明することです。
開発中のXRPIX
人工衛星の運用
打ち上がった衛星の状態を監視したり観測データを取得したりするには、定期的に衛星と地上局で通信を行う必要があります。例えばすざく衛星については、2005年の打ち上げから2015年の観測終了まで10年に渡り鹿児島県の内之浦宇宙センターで運用を行いました。運用には全国のX線天文学に関わる研究機関が参加し、学生・スタッフに関わらず当研究室のメンバーも年1回程度、約2週間、内之浦に泊まり込んで衛星運用に参加しました。
衛星に搭載した観測装置は、宇宙線などの影響により軌道上で経年劣化します。衛星から送られてきた観測装置の情報をもとに、打ち上げ後は常にリアルタイムで較正を行う必要があります(これを機上較正といいます)。重要な科学的発見を行うには、機上較正によって装置の性能を最大限引き出すことが不可欠です。2016年打ち上げに成功したひとみ衛星についても、京大X線グループは自らが開発したX線CCDの機上較正を行っています。
衛星と通信を行う内之浦宇宙センターの34mアンテナ。アンテナの下に運用室。運用室の左の建物が宿舎。